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イメージ写真:まも/Public domain

下山事件

日本(東京周辺)1949年(昭和24年)7月

1949年7月5日朝、国鉄総裁・下山定則が出勤途中に姿を消し、翌6日未明に線路上で遺体となって見つかりました。自殺か他殺かで日本中が割れ、公式な結論が出ないまま時効を迎えた、戦後史の大きな謎です。

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■ガチな話

  • 1949年7月5日朝、国鉄総裁の下山定則が出勤途中に失踪し、翌6日未明に轢死体で発見された。
  • 当時の日本は連合国軍の占領下にあり、GHQや日本政府は他殺説の立場から、警視庁に殺人事件としての捜査を求めた。
  • 警視庁捜査一課は自殺との結果を公表しようとしたが、公表直前に圧力で中止となり、その後は捜査二課が他殺の見解で捜査を続けた。
  • 警察は公式の捜査結果を発表しないまま捜査本部を解散し、検察庁が引き継いだが未解決のまま、1964年7月6日に公訴時効が成立した。
  • 約1か月の間に三鷹事件、松川事件も起き、3つを合わせて「国鉄三大ミステリー事件」と呼ばれる。

○ウワサ

  • 政治的な思惑から他殺とする方向に世論や捜査が誘導されたのでは、という見方がある
  • 自殺との捜査結果の公表が、何者かの圧力で止められたと言われている

△たぶんこう

  • 自殺説という説がある。警視庁捜査一課は捜査の結果、自殺との結論を公表しようとしていた。
  • 他殺説という説がある。GHQや日本政府は他殺の立場をとり、捜査二課も他殺の見解で捜査を続けた。
  • 法医学では、東京大学が死後轢断(他殺)、慶応義塾大学などが生前轢断(自殺)を主張して対立した。

?まだナゾ

自殺か他殺かは今も決着していません。警察は公式な捜査結果を出さずに捜査を終え、検察の捜査も未解決のまま時効を迎えました。公表直前に自殺の結果を止めた圧力の出どころも、はっきりしていません。亡くなった下山定則氏のご冥福をお祈りいたします。

出典

  1. Wikipedia「下山事件」
  2. Wikipedia (English) "Shimoyama incident"

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【謎】国鉄総裁が出勤途中に消え、翌朝には線路で…下山事件、15年経っても結論出ず

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