目録 / 古文書

イメージ写真:Lux Moundi/CC BY-SA 2.0

死海文書

ヨルダン川西岸地区、死海北西のクムラン洞窟1946年末〜1947年初め(発見)

死海の北西にあるクムランの洞窟から見つかった972の写本群、それが死海文書です。ヘブライ語聖書の最古の写本も含まれ、「二十世紀最大の考古学的発見」ともいわれています。発見のきっかけは、子ヤギを追った羊飼いが洞窟に石を投げ入れたという逸話で語られています。

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■ガチな話

  • 1947年以降、死海の北西にあるクムラン洞窟などから見つかった972の写本群の総称である。
  • 主にヘブライ語聖書(旧約聖書)と聖書関連の文書からなり、大部分はヘブライ語で書かれている。
  • ヘブライ語聖書の最古の写本を含み、「二十世紀最大の考古学的発見」ともいわれている。
  • 文書の成立は、内容や書体の分析、放射性炭素年代測定などから紀元前250年ごろから紀元70年の間と考えられている。
  • 内容は大きく3つに分けられ、ヘブライ語聖書正典本文が全体の4割、外典・偽典が3割、宗団文書が3割を占める。

○ウワサ

  • 子ヤギを追って投げた石が洞窟で何かを割った、という発見の逸話がある。
  • 最初に見つけた4つの写本は、ベツレヘムの古物も扱う靴職人の手に渡ったとされる。

△たぶんこう

  • クムラン教団は、伝統的にエッセネ派と同定する意見が主流である。死海文書はこの教団が書き残したものと考えられている。
  • エルサレムのサドカイ派の祭司たちが書いたとする意見や、未知のユダヤ教内グループが書いたとする意見もある。

?まだナゾ

クムラン教団が誰だったのかは決着しておらず、エッセネ派説が主流とはいえ、サドカイ派の祭司説や未知のグループ説もあって議論が続いている。

出典

  1. Wikipedia「死海文書」
  2. Wikipedia (English) "Dead Sea Scrolls"

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【二十世紀最大】羊飼いが投げた石の先に、古代の巻物が眠っていた

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